はじめに

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3. 建築学会賞受賞研究テーマ概要

~生活環境の知覚および認知に関する一連の研究~

今回、建築学会賞(論文)を受賞しました研究について述べます。

私が受賞した「生活環境の知覚および認知に関する一連の研究」は実はいくつかのシリーズの研究に対して与えられたものです。

ひとつ目は「環境視による知覚に関する研究」、2つ目は「空間移動時の知覚体験とそれに伴う環境認知に関する研究」そして3つ目が「経路および領域の認知に関する研究」であります。

先ほど少しお話しましたP. Thiel先生、今年5月に亡くなってしまいましたが、彼が唱えたのが「シークエンスの記述(Sequence notation)」です。彼は漢字が読めないにも関わらず、「見る」という字は「目」+「足」だろう、と言うのです。ジッとしていると見えないものもチョット場所をずらせて見ると全体の空間の関係が見えるということです。また、J. J. Gibsonという方も有名な心理学者ですが、彼も動くことで三次元空間をキャッチできると言っています。彼は戦時中、パイロット養成訓練の仕事をしていました。その頃に、パイロットは滑走路に着陸するときの光の流れ、言い換えればテクスチャーの流れによって空間を認識し、着陸することができることに気付いたのです。

何故私がこの先生に着目したのでしょうか?私は卒論以降博士論文もテクスチャーに関する研究をしておりました。東工大やウィスコンシン大学で先生に接しているうちに、単にテクスチャーの話だけではなく、先生はさらに人は動くことによって周囲の景色が変わり、それによって三次元空間を知覚していると提唱していることを学んだのです。  例えば、ここに段差があるとき、止まっていると気付かないのですが、動くことによって見えてくる、今いる床面と次の床面にテクスチャーのズレがあり、段差があると知覚するのです。私の研究が他の研究者と異なるオリジナルな点は、前方だけでなく周りの広い空間が動くことによって知覚されることに着目したところにあります。

第1部 環境視による知覚に関する研究

まず近年の環境心理学の知見に基づいて、日常の生活環境からどのような視覚情報をどのように受け取り行動しているのかについて、あらためて見直し、それを建築の屋外空間等の分析に適用することを試みています。具体的には、注視された「モノ」から情報を得る「焦点視」に対して、都市・建築空間における知覚としてより重要な、人を取り巻く広い環境から情報を得る「環境視」の概念を導入して、所与の環境における環境視情報を、その場所の配置図、地形図、樹木配置図のデータをもとに簡易に計測するPCプログラムを開発しています。そしてその計測手法を建築計画へ応用する方法を提案し、集合住宅の屋外環境や日本庭園などの事例に適用してその有効性を検証しています(大野先生が作成したスライドより引用)。

 視覚情報を受け取る祭には、「焦点視」と「環境視」という2つの形態があります。「焦点視」とは、例えば意識的にあそこにある木を見るということです。一方「環境視」とは、無意識のうちに景色・周辺などを見ているものです。実は生理学的にも、焦点を当てて注意深く見るときと、何となく周辺に何があるか感じ取るときの、目から脳への情報の伝達の仕組みも異なります。

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 この「環境視」は議論しにくいですね。今この会議室で何があるか?蛍光灯がある、机があるなど、モノの記述することはできますが、ここを囲んでいる全体の雰囲気を作っているものを記述することは難しい問題です。私が関心を持っているのは、人がどういう物理的状況だったらどのようなムードになるか、どのような影響を受けるか、すなわち、広がりのある環境と心理の対応関係を記述しようとしているのです。

「焦点視」と「環境視」には見え方の違いがあります。「焦点視」とは対象を見て知的にそれは何かを理解するのに対し、「環境視」は雰囲気、その場で何となく、周辺からの情報で感じる情緒的なことです。面白いことに、我々は立っているときに目をつぶると不安定になりますが、目を開けているとどこを見ているわけではありませんが安定します。こういうものが「環境視」です。我々は今の瞬間に見えている情報だけではなく、そこに至る間に受け取っている情報も重ね合わせて感じるのです。

さて、「環境視」を記述するにはどうしたらよいか、ということで注目したのが視覚的な表面です。面を作っている属性、どういうものが環境を作っているかを記述しようとしました。それによって「環境視」によって得られる情報を説明できるのではないか、と考えたのです。

図のような団地を歩いているとき、この場所の雰囲気は何によって影響されるでしょうか。例えば空がどれくらい見えるか、建物はどう見えるか、グリーンがどれほど見えるか等で説明できるのではないか、と考え、単純にそれらの面積を測り、それで記述しようとしたのです。

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先ほど神戸大学図学教室でのプログラミングの話をしましたが、その時の経験を活かして、地形、道路、空などの情景を計測するコンピュータプログラムを開発しました。それぞれの属性(空、樹木、建物等)が何パーセントの面積を占めるかを計測したのです。

この研究の応用例として、日本庭園を散策する際の「環境視」について桂離宮を取り上げました。桂離宮の地形、配置図、樹木などのデータをコンピュータに入力し、庭内を歩くと、周りの属性がどのように変化するかを定量的に計算しました。回遊式庭園の面白いところは、歩くうちにどんどん情景が変わっていきます。狭いところもあれば広いところもあり、緑が多いところもあれば、水面が光っているところもあります。そのような「変化」を楽しむことができるのです。その「変化」というものを物理的に定量的に測ったのです。ビジュアルな情報だけでなく、路面の表面、地面の標高なども取り込み、また、登るときの辛さ、下るときの楽さといった身体的変化も含めて計測しました。そこで、このようなものが人間の行動にどのような影響を与えるかを試してみました。

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 21名の被験者にある回遊式庭園を歩いてもらい、ビデオで記録し、各被験者が何処で止まって、また歩き始めて、再度何処で止まったかを記録しました。下図の丸印で立ち止まったことを表しています。その結果、被験者が立ち止まる場所は大体共通していたのです。ということは、その特定の場所で被験者は何かを感じて立ち止まったわけです。ではその場所の共通点は何かと考えると、その場所から「建物が見える」「水面が見える」といった地点であり、人間にはその場所々々で見ることができる「可視空間容量」というのがあるのですが、その容量が急変しているような場所だったのです。この結果、「環境視」によって周辺から無意識的に受け取っている情報が人間の行動にリンクしていることが明らかになりました。

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庭園の環境視変量と歩行者の行動