はじめに

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1.建築と環境行動心理学研究~環境行動研究ってなに?~

建築デザインの目的は「利用者の要求に適合する環境の構築」であり、昔から「強さ(堅牢性・遮音性等)」「機能性(利便性・使いやすさ等)」に加え、「心理・行動的適合性」と言われています。最後の「心理・行動的適合性」は更に「知覚・認知的」「情緒的・雰囲気的」「社会文化的」に分類されます。

知覚・認知的」とは、どちらに行けばよいか、その場で適切な行動を導くことで、例えば大阪梅田の地下街は通路が複雑で迷ってしまいます。良くない例です。

「情緒的・雰囲気的」とは、光・色彩・景観などでムード・美しさ・愛着を生み出すものです。中国の長慶へ1983年に訪れた時は、急峻な斜面に家屋がビッシリ建っており、独特の景観で、ある意味でアイデンティティがありましたが、2008年に再度行った時には近代的な高層アパートに変貌しておりました。安全性や利便性は向上しましたが、住民は往時の景観を懐かしんでいるようでした。

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重慶1983年 重慶2008年

「社会文化的」とは、どういう場所が安心で心地良いかということです。つまり人の交流のコントロール(対話に適したブース状の環境〈交流促進〉vs隣に見知らぬ人が座っても気にならないベンチの配置〈交流抑制〉)や犯罪防止への配慮(人の目に触れる工夫)などです。また、文化的な側面としては、ジャワ島中部地震が発生した際に海外から援助としてコンクリート製のドーム型住宅が贈られた例が挙げられます。確かに丈夫ではありましたが、ジャワ島は暑くて湿気も多く、住民たちは室外の庇の下で涼をとるようなライフスタイルであり、贈られた家はそのような生活には適合しなかったのです。それぞれの土地にはその土地のライフスタイルに合った建物が望まれるのです。
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海外援助によって寄付されたドーム型復興住宅には住民の居場所がない

●何故環境心理行動学を学ぶのか

建築行為には多額の費用がかかります。工業製品と異なり、不具合があってもなかなか作り直すことができません。したがって、なるべく失敗を少なくしなければなりません。

失敗例として有名なのが、セントルイスにあった巨大高層住宅アイゴー団地です。この建物はミノル・ヤマサキという有名な日系建築家が設計コンペで認められ設計しました。このころの巨大団地では、エレベータを降りてから100mもの真っ直ぐな廊下を経て家に辿り着くというのが普通でしたが、彼は素晴らしいアイディアで、街中の道路のように廊下にカーブをつけたのです。しかしその結果、エレベータを降りてから家に着くまでの間に人が隠れる箇所(死角)ができてしまいました。そのため犯罪があまりに多発するという理由で築後20年も経たずに市当局に破壊されたのです。この団地の入居者は低所得者が多く、ミノル・ヤマサキという建築家と実際の入居者との間で、建物に対する考えにギャップがあったのです。建築空間のあり方が人間行動に影響し得ることの端的な例としてよく引用されます。

このように、建築家などの環境デザイナーはお金を払う発注者(クライアント・施主)とは綿密なコミュニケーションをとりますが、一方、ユーザ(空間・施設の実際の利用者)との間ではあまり話す機会は少ないのです。我々が研究している環境心理行動学とは、ユーザの心理・行動を研究することで、環境デザイナーに予め「ユーザのことを良く知ってもらおう」というものです。また、市民参加や使用後調査によってユーザのニーズをデザイナーにフィードバックすることも「ユーザと環境設計者との橋渡し(bridging)」には有効です。

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ユーザと環境デザイナーとの橋渡し(bridging)

ユーザの個人差を考える上で有効なのが、私の恩師であるDr. Thielの知覚フィルターモデルです。外界からのいろいろな刺激を人が情報として受け取る際に、3つのフィルターがある、という考えです。

1つ目のフィルターは生理的特性で、年齢・性別・能力・心身の状態などです。我々は生まれてから成長し、次第に歳を重ねていくに連れ、身長も変わり、耳、目などの五感の能力も変化します。最近私たちが関連している分野は高齢者への配慮です。いわゆるユニバーサルデザインと言われているものです。人間は生まれてから次第に環境への適応能力は向上し、やがて年齢を重ねるとその能力は低下します。そこで、適応能力が低い人でも他人の手を借りずに行動ができるような環境にする、言い換えれば、自立した活動ができる期間を長くする、というのがユニバーサルデザインの考え方です。

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ユニバーサルデザインの考え方

2つ目のフィルターは情報選択特性で、同じものを見ても知識の有無、専門家と素人では見える情報が異なるということです。先ほど例に挙げたように、アイゴー団地では建築家と低所得入居者との考えに差がありました。また、私はある造園家と一緒に仕事をした経験があります。私は樹木を見ると単に「木だなあ」と思うだけですが、造園家は「この木は元気が無い」と直ぐに言うのです。専門家は枝ぶりなどを見て判断できるのです。文化が異なることによるライフスタイルや価値観による差異もこれで説明できます。

3つ目は心理的構えで、その時にその人がどのような欲求を持っているかによって、その家が良いか、良い環境かが変わってくるということです。有名な「マズローの欲求階層モデル」は環境についての捉え方にも応用できます。
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マズローの欲求階層モデル

例えば、災害などで家が破壊された直ぐあとなどでは「生理的欲求」の状態から始まります。そして、順次「安全性」、「所属感」、「尊厳の受容」、最終的には「自己実現」というその時の欲求段階によって、求められる環境というものは変わっていくのです。

さて、これまでは使用者(ユーザ)をいかに理解してそれにフィットする環境を構築するかという観点でしたが、もう1つ環境心理行動学を学ぶ理由があります。それは大変複雑化・巨大化する環境構築において予測の誤りによる失敗を防ぐことです。
例えば、関西国際空港ができた時、大変きれいでいいのですが、ものすごくわかりにくい建物になっていました。そこで働いている人も迷って、自分の職場に戻れないなど、いろいろな問題がありました。
このような複雑化・巨大化した都市の中で、人が不都合なく行動できるようにするにはどうすれば良いかという問題です。そのためには、人はどのようにして道を憶えるか、どういう所へ入りやすいかなど、基本的な知覚などを研究する必要があります。私が建築学会賞をいただいたのも、この基本的な知覚や認知の研究でした。

建築・都市空間をデザインするということは、そこを訪れた人がどのような「体験」をするかをデザインすることです。天井や壁を作ることも「体験」を提供するのがデザインすることなのです。そのためには、ある環境で人は何を見て、何を感じ、どのような情報を受け取るかを研究し、さらに、環境から受け取る情報をどんな仕組みで、我々は取り入れるかという研究が重要と考え、研究を進めました。