はじめに

第6回セミナー(2016年12月13日)

わが国のコンピュータ開発の父、池田敏雄先輩の活躍を知ろう

小池敏雄project-x
たえず自分を進歩させてゆくということに本当の生きてゆく 意義があるんじゃないかと私は思う。 (昭和43年IBMとの技術競争のさなか、若手技術者に語りかけた:参考資料(1))
担当幹事:小関 伸夫 氏(1974年建築卒・元富士通勤務)
小関さん
小関担当幹事
場 所:蔵前会館2階 大会議室
懇親会:大岡山 トンカツ「あたりや」
第6回セミナーは、2016年12月13日(火)、東工大蔵前会館の大会議室にて、 小関伸夫氏(1974年建築学科卒) を担当幹事として、「わが国のコンピュータ開発の父、 池田敏雄先輩の活躍を知ろう」と題して、バスケットボール部の大先輩、 池田敏雄氏(1945年電気卒)の活躍を紐解いた。
戦後のリーグ戦
池田らは、終戦の翌年春には関東大学リーグを再興し、東工大は1部で健闘した。
湯川秀樹
昭和29年日本で最初の電子計算機の試作機か完成。 これを聞きつけた湯川秀樹博士が駆け付けてきた。 手作業で2年かかる湯川博士の中間子理論計算を3日で実施して湯川博士をうならせた。
「東京工業大学バスケットボール部85年史」の編纂時に判明した事実や、 ネット情報、書籍を基に、同氏の若い頃のバスケットボールでの活躍をまとめ、 さらに、NHK総合テレビで2002年に放映された「プロジェクトX 挑戦者たち  国産コンピュータ ゼロからの大逆転」のDVDを視聴して、世界最速の国産コンピュータ開発に 賭けた技術者としての壮絶な闘いを参加者で共有した。
当日は10名の参加があった。
参加者:星野仁美(1959,機械)、高木ヤスオ(1960,応化)、 青田正明(1960,機械)、八嶋建明(1963,化工)、上島康弘(1965,機械)、 山本文雄(1967,応化)、横山功一(1969,土木)、佐藤修三(1971,電子)、 前田豊(1972,制御)、小関伸夫(1974,建築・担当幹事)
第6回セミナー参加者
プロジェクトXのビディオに見入る第6回セミナー参加者。
4.懇親会:トンカツ「あたりや」
あたりや懇親会
あたり屋の懇親会終わって、あたり屋のご主人と記念撮影。後ろの壁の写真は、池田さんのプロジェクトX撮影時の様子など。池田さん達が食べられたと同じ「特上とんかつ」を奮発し話が弾んだ。
あたり屋特上かつ
第6回セミナーの懇親会では、話に花が咲き「特上とんかつ」の写真を撮りそこなったので、新年早々の同窓会総会案内発送作業の折に撮影したもの。
5.参考資料
(1)NHKテレビ2002年4月9日放映DVD
プロジェクトX 挑戦者たち
国産コンピュータ ゼロからの大逆転 ~日本技術界 伝説のドラマ~」
発行・販売:NHKエンタープライズ
(2)田原総一朗著、日本コンピュータの黎明 富士通・池田敏雄の生と死、文春文庫
(3)柏原久著、IBMを震え上がらせた男<小説>池田敏雄と富士通コンピュータ野郎たち、かんき出版
(4)小林大祐著、私の体験的経営論 ともかくやってみろ、東洋経済新報社
project-xジャケット
池田敏雄氏プロフィール
1923年東京都両国にて誕生
東京市立一中、バスケ先輩の引きで県立浦和高校に進学。 数学に強く、バスケは中学全国制覇、インターハイ優勝。
1943年東工大電気工学科入学
終戦の翌年、休眠中の大学リーグを再興。東工大は春、秋を1部で戦った。
1946年富士通信機製造㈱入社
バスケ部創設、国体3位。 日本初のリレー式計算機完成。その後 独自の計算機を完成させたが51歳で逝去。 勲三等瑞宝章など授受。